■ PAM-CEM導入事例 - マツダ(株)様 (電子実研グループ)



側面衝突防止装置(自動車レーダー)や、キーレスエントリを研究開発する際の電磁波シミュレーションにおいて、PAM-CEMを積極活用している、マツダ(株) 車両開発本部 電子開発部 電子実研グループ 浜田康氏、(株)マツダE&T(※) 第1車両実験部 電子実研Gr 鶴長真里絵氏に、クルマにおける電磁波シミュレーションの特徴とPAM-CEMへの評価についてくわしく聞いた。
※ (株)マツダE&Tは、主にマツダ車両の研究開発を行う、マツダ(株)の100%子会社

もくじ 
  1. マツダ(株) 電子実研グループについて
  2. クルマの電磁波制御の概要について
  3. クルマの電磁波解析と、家電など一般電子機器の電磁波解析との違い
  4. レーダーを使って側面衝突を防止する
  5. バンパーのデザイン(形状)ごとに電界分布が異なる
  6. 一般乗用車での電磁波解析とトラックでの電磁波解析の違い
  7. 自動車レーダーが後続車を捕捉する原理
  8. 原理は映画「トップガン」と同じ
  9. 後続車と静止物を見分ける原理
  10. レーダーで自転車や動物は捕捉できるか?
  11. キーレスエントリの電磁波シミュレーションにおける困難
  12. ドライバがどの方向から近づいてくるかに応じて電界分布が変わる
  13. 使われている波長がやや中途半端
  14. クルマにおける電磁波の発信源
  15. クルマにおいて「電磁波が良く制御できている状態」とは、どんな状態か
  16. 電磁適合性をイメージするための具体例
  17. クルマにおいて電磁適合性が重視されるようになった経緯
  18. シミュレーションを入念に行い、試作レスを推進する
  19. PAM-CEMの導入までの経緯
  20. PAM-CEMへの評価
  21. PAM-CEM使いこなしのコツ
  22. 今後の期待


■ マツダ(株) 電子実研グループについて

― マツダ(株)の電子実研グループについて教えてください。

電子実研グループ(※)は、マツダのクルマに搭載する電装部品の研究開発を行っている部門です

クルマは、基本的に「機械制御」の乗り物ですが、近年は、カギを差し込まなくてもドアの開け閉めやエンジンの始動ができる「キーレスエントリ」や、車線変更時の衝突を未然に防ぐ「側面衝突防止装置(自動車レーダー)」など電子制御技術の重要性が高まりつつあります。電子実研グループでは、それら電子制御技術(電磁波技術)に関する研究開発も行っています。

PAM-CEMは、様々な電装品が生み出す電磁場(電界分布)をシミュレートするためのツールとして活用しています。 2009年にはマツダ技報において、「キーレスエントリー受信感度バーチャル評価技術の開発」という論文を書きました。
※ 「実研」とは「実験」と「研究」の略です。

■ クルマの電磁波制御の概要について

― 今日は主に「クルマにおける電磁波制御の全体像」、「側面衝突防止装置やキーレスエントリなど、最近の電子制御システムにおける電磁波シミュレーションの意義と概要」についてお聞きいたします。

分かりました。なお事例インタビューへの回答ということで、技術的厳密さよりもわかりやすさを優先して話すことをご了承ください。また企業秘密に関わる部分は、「ぼやかした言い方」でお答えすることも、併せてご了承ください。

■ クルマの電磁波解析と、家電など一般電子機器の電磁波解析との違い

― クルマの電磁波解析と、家電など一般電子機器の電磁波解析との違い(クルマならではの点)を教えてください。

私見ですが「大きいこと」が違いになるでしょう。単純に云って、テレビや冷蔵庫よりもクルマの方が巨大です。巨大である分、シミュレーションの際にメッ シュを切る量が多くなり、計算量が多くなります。また、クルマに搭載されている非常に多くの部品を、高精度でモデル化するには、細かいメッシュが大量に必要です。一個の部品のシミュレーションを行うだけなら、極論すればフリーソフトウエアでも可能です。しかし、多くの部品が搭載されたクルマの「全体の電磁波状況」を知ろうとする場合、計算量は膨大になります。PAM-CEMのようなハイエンドのシミュレーションシステムが必要となる所以です。

ところで電磁波解析のあり方の違いを考えるなら、クルマと家電を比較するよりも、「トラックや船舶など産業用の乗り物」と「マツダが作っているような一般向け乗用車」とで比較した方が違いが際だつと考えます。特に、最近、重点的に取り組んでいる「レーダーを使った側面衝突防止装置」においては違いが顕著に現れます。

■ レーダーを使って側面衝突を防止する

側方衝突防止装置の概念図
― ではその違いについて質問していきます。まず「レーダーによる側面衝突防止装置」について簡単に教えてください。

高速道路などで車線変更しようとするとき、斜め後ろから別のクルマが来るのに気づけず、側面衝突事故が起きることがあります。こうした事故を未然に防ごうと開発されたのが側面衝突防止装置(※)です。

側面衝突防止装置では、クルマの後方バンパーに内蔵されたレーダーにより、斜め後ろのクルマを捕捉し、運転者に警告します。例えば、レーダーが、自車の右後方に別のクルマがいることを認識した場合には、右バックミラーにクルマの小さなマークを映し出して、運転者に知らせます。また、その状態で、右折しようと右ウインカーを出すと、大きな警告ブザー音が鳴ります。この後方衝突防止装置は、現在、マツダ車の、一部の車種(※)にオプション搭載されています。

この側面衝突防止装置(自動車レーダー)は、それぞれの車種ごとに、綿密な電磁波シミュレーションを施す必要があります。

※ アクセラ、アテンザ、CX-7において、オプション搭載。
■ バンパーのデザイン(形状)ごとに電界分布が異なる

― 側面衝突防止装置において、車種ごとに綿密な電磁波シミュレーションが必要になるのはなぜですか。

車種ごと(バンパーの外形デザインごと)に、レーダーが作る電界の分布が異なるからです。

バンパーの素材である樹脂は誘電体なので、レーダー(電波)がバンパーを通過する際に、電波の反射、散乱、屈折、回折が生じます。自動車レーダーの正確な動作を確保するためにも、クルマのデザイン(バンパー形状)ごとの電界分布をシミュレーションによって把握し、レーダー性能を確認しておく必要があります。

バンパーの形状ごとにレーダー波の放射パターンが異なっている。


■ 一般乗用車での電磁波解析とトラックでの電磁波解析の違い

マツダ車特有の、切れ長の「目」のフロントからリアへと「流れていく」デザイン。
バンパーの形状も微妙な曲線を描くが、それがレーダーの放射への外乱要素
となる。
― どんな形状のバンパーなら、レーダー(電磁波)への影響が少なくなりますか。

一番良いのは、レーダーがバンパーの外に露出していることです。バンパー樹脂がレーダーに干渉することはなくなり、シミュレーションも不要になります。同じ理由で、バンパーにレーダー用の穴が空いているのも最高です。

次に良いのは、バンパーが完全に四角形(平面構成)であることです。電磁波は、大きくは、平面に対して直角に入射した場合、反対側にそのまま出て行きます(屈折ゼロ)。斜めに入っていったとしても、反対側にどういう角度で出て行くかは、簡単な計算で分かります。ボディ(バンパー)が平面構成なら、レーダーの進路制御は容易です。

さて、いま述べたやり方は、実際のクルマづくりにおいて可能でしょうか。最初の「バンパーを露出させる(レーダー用の穴を空ける)」というやり方は、デザインが重視される一般乗用車では、もちろん無理です。次の「ボディ(バンパー)を四角くする」という方策ですが、マツダ車においては、伝統的に流れるようなボディラインを是としているので、残念ながら(?)、実現不可能です。

さてここで、しばらく前に述べた「一般乗用車と、トラックや船舶など実用の乗り物との、電磁波制御における違い」に話を戻します。

クルマ(一般乗用車)においては「デザイン」は、「実用性」と同等あるいはそれ以上に重要なので、レーダーを露出させたり、バンパーに穴を空けたりすることはできません。だから電磁波シミュレーションが必要になります。

一方、同じクルマであっても、実用性が重視される車種、例えばトラックにおいては、レーダーをクルマの外に取り付けることもあります。また船舶のレーダーも、艦の外に露出しています。この場合は電磁波(レーダー)を遮る外板がなく、簡単な計算で予測が立てられるので、シミュレーション自体が不要になります。

一般乗用車において電磁波シミュレーションが重視されるのは、外形デザインが多種多様なことも、理由の一つです。

■ 自動車レーダーが後続車を捕捉する原理

― 自動車レーダーについて、さらに質問させてください。捕捉対象のクルマの形状は、捕捉のしやすさに影響を与えますか。

はい、影響を与えます。大きくは、バス、トラックなど、正面面積が大きく、かつ平面的である車種は、レーダー(電磁波)を反射しやすいので、捕捉しやすいといえます。逆に、正面面積が小さく、かつ流線型の、スポーツタイプの車種は、レーダー波の反射が少ないので、レーダー捕捉がしにくい車種です。

このような「捕捉しにくい形状のクルマ」であっても、様々な工夫を通じて正確に捕捉できるようにするのが、私たちの部門の腕の見せ所になります。先にも述べたとおり、流線型のクルマの場合、レーダー波の返りが弱いのですが、いくら弱いとはいえ、いくらかは返ってきます。その少ない反射波を捉えて、コンピュータ内でアルゴリズム処理し、何とか対象を、自動追尾可能な状態に固定(ロックオン)するのです。

■ 原理は映画「トップガン」と同じ

― 「自動追尾可能(ロックオン)」とは、まるで映画「トップガン」の世界です。

はい、そのとおり。クルマの衝突防止装置のレーダーが近づいてくるクルマを固定捕捉するはたらきと、戦闘機が敵機をレーダー内で固定捕捉(ロックオン)するはたらきとは、原理的に同一です。「ロックオンする」とは、動き回る対象物の位置をレーダー(電磁波の反射)により情報を収集し、「この先、相手がいくら素早く逃げても、自動追尾・捕捉できる」ことがアルゴリズム的に担保できた状態のことを指します。自動車レーダーもまた、自分の斜め後ろにいるクルマをロックオンすることを、常に狙っています。

■ 後続車と静止物を見分ける原理

― 自動車レーダーは、「後ろから近づいてくるクルマ」と「ガードレールや建物など、止まっている物体」とをどう見分けているのですか。

大きくは、「自車を静止点と見なした時、自車の斜め後ろに、相対速度がほぼ同じ(=自車から見て、ほとんど止まっている)物体がある」としたら、それを「斜め後ろにクルマがいる」と見なします(※)。一方、ガードレールや建物など止まっている物体は、自車を静止点とした時、「自車と同じスピードで、自車とは逆方向(後ろ)に去っていく物体」になるので、これはクルマではないと判断できます。

※ 車線変更の場合は、「自車が、相手車の路線に割り込んでいく(相手車に近づいていく)」わけですが、自車を静止点と見なした場合は、相対的に相手車が「近づいてくる」ことになります。
■ レーダーで自転車や動物は捕捉できるか?

― 最近はロードバイクブーム。道路の上をクルマ並のスピードで自転車が走っています。これは捕捉できますか。

自転車からのレーダー反射が検出できれば、クルマと同じように捕捉できます(バックミラーでの表示やウインカー作動時のブザー音など、衝突防止の警告も行われます)。ただし、自転車は正面面積が小さいので、レーダー波の反射量は少ないと予測されます。したがって捕捉はやや困難になりますが、ともあれ電波の反射さえあれば、捕捉は原理的に可能です。

― 後ろからライオンが追いかけてきたとしたら、あるいはフサイン・ボルトがすごいスピードで走っておいかけてきたとしたら、捕捉できますか。

生体は、レーダー波(電磁波)を、自動車ほどは反射しません。ライオンやフサイン・ボルトの捕捉は、ちょっと難しいかもしれませんね(笑)

こぼれ話 〜 浜田さん、鶴長さんは、どうして電波に興味を持ったのか?
― 浜田さんは、どうして電波に興味を持ったのですか。

私は電波が大好きです。中学生から大学生まで、ずっと無線部でした。今でも自宅に無線局を備えており、日々、世界各国との無線にいそしんでいます。先日は、日本の裏側、チリとの交信に成功しました。短波を適切な角度と強度で空に向けて飛ばせば、空中の電離層に反射し、戻ってきた短波が地面にぶつかって反射し、それがまた電離層に反射し…というようにジグザグを繰り返しながら、上手くすると、地球の裏側まで到達してくれます。地球の裏側と交信できると、達成感があります。

― 鶴長さんにとっての電波の魅力は?

私にとっての電波の魅力は「目に見えないこと」です。この目に見えない波はどうなっているのかなと好奇心を持ちました。また「遠隔操作」ができることも魅力です。キーレスエントリのように、遠くから手を触れずにドアが開け閉めできる技術には、「うわー、すごいー」と単純に感動します。


■ キーレスエントリの電磁波シミュレーションにおける困難

― 次に、キーレスエントリについてお聞きします。キーレスエントリの電磁波シミュレーションは、どういう点が大変ですか。

キーレスエントリのシミュレーションは大変です。大変である理由は「運転者がどちらの方向からクルマに近づいてくるか分からないこと」、「キーレスエントリに使われる周波数が、クルマの寸法と、若干、相性が悪いこと」の二つです。

■ ドライバがどの方向から近づいてくるかに応じて電界分布が変わる

― 順々にお聞きします。キーレスエントリの電磁波解析の大変な点1.「ドライバーがどこから近づいてくるかわからない」とは具体的には?

運転者(キーを持った人)は、前から、後ろから、斜めから、360度、様々な角度からクルマに近づいてきます。一方、クルマの形状は多種多様であり、特にマツダ車は「流れるデザイン」なので、運転者(キー)が近づいてくる方向により、電磁波の状態が変わります。このことは次の絵図を見れば、よくわかります。

キーが横から近づいてきた場合(B)と、 前から近づいてきた場合(A)とでは、
電界分布がまったく違う


シミュレーションも大変ですが、それ以上に大変なのが計測です。シミュレーションは、いくら精密であっても、結局は「予想」に過ぎないので、最終的にはシミュレーションの正しさを「実測」を通じて検証しなければいけません。とはいえ、目に見えない電波を計測、検証するのは骨が折れる作業です。

■ 使われている波長がやや中途半端


― キーレスエントリの電磁シミュレーションの大変な点2. 「使われる電波の波長が中途半端」とは?

キーレスエントリに使われる電波の周波数は300MHz、波長は約1メートルです。あまり波長が長いと電磁波が車両に入ってこないので、一応は適切な波長です。しかし、次の図を見れば分かるとおり、300MHzの波長の場合、車両内部の電磁波の振る舞いが、たいへん複雑になります(左下図)。

法律で決まっていることなので仕方がないのですが、個人的には、もう少し短い波長でも良かったと考えます。

こぼれ話 〜 キーをクルマに向ける必要はない、しかし…
キーレスエントリを操作するときに、ほとんどの人は、カギをポケットから出して、クルマめがけてスイッチを押しています。かつてキーレスエントリに、指向性の強い赤外線が使われていた頃は、確かに狙いすます必要がありました。しかし今のキーレスエントリでは、360度 球体状に放射される電磁波を使っているので、ポケットにしまったままスイッチを押してもドアは開きます。

でも、私はやっぱりキーを出してクルマに向けてしまいます。


すみません、実は私もそうです。アタマでは不要と分かっていても、やっぱりキーをクルマに向けないと落ち着かないですね。


■ クルマにおける電磁波の発信源

― ここからは、クルマにおける電磁波制御の「基本」の部分についてお聞きしたく思います。最初の質問です。クルマにおいては、電磁波の発信源は何になりますか?

クルマの中の電磁波には、「本来機能の実現とは関係のないノイズとしての電磁波」と「本来の機能を実現するための電磁波」の二つがあります。

前者の「電磁波ノイズ」については、エンジン始動の際の点火系装置が、最大のノイズ発信源です。

一方、「本来機能のための電磁波」の発信源および周波数は、大きくは、次のとおりとなります。

  1. 衝突防止装置のレーダー
    自車の周囲を走る車の位置をレーダーで把握し、衝突を防ぎます。マツダ車では、前方一箇所、後方二箇所についています。
  2. スマートキーレスエントリー
    スマートキーレスエントリーの場合、カギを持った人がクルマのドアハンドルスイッチ(ロック・アンロックボタン)を押すと、それだけでドアロックが解除されます。この時の電磁波のやりとりは、1):ドアハンドルスイッチを押すと、クルマから、微弱電波が出る。2):運転者(キー)が、電波を受信すると、キーがクルマに「私は近くにいます」という趣旨の電波を送信する、3):その返信を受けた車体側は、ドアロックを自動解除する、というダンドリです。つまり電磁波の最初の発信源は、キーではなく、クルマの方です。
  3. タイヤ空気圧センサー
    タイヤの空気圧が下がると、フロントパネルにLED警告が表示される車種があります。これは、タイヤのエアバルブのところについている空気圧センサーからの知らせです。空気圧センサーは、タイヤの空気圧を常時測定しており、圧力が一定の数値以下に下がった場合、警告を表示させます。
  4. イモビライザ
    イモビライザとは、複製(偽造)キーを受け付けないことで盗難を防止する仕組みです。イモビライザが搭載されているクルマにおいては、鍵穴の周囲にコイルがあり、そこで電磁場を発生しています。キーが差し込まれた場合、そのキーと電磁波を通じて、暗号をやりとりします。暗号が一致しない場合は、キー溝が一致しても、エンジンはかかりません。つまり、イモビライザー搭載のクルマは、溝形だけが同じ複製キー(偽造キー)を差し込んでもエンジンは始動しません。なおイモビライズImmoblilizeとは、「動かせないようにする」の意味です。
  5. ETC、VICS(渋滞情報)、ラジオ、テレビ
    これらは、自らが電磁波を発するのではなく、外からの電磁波を受信する機器類です。カーナビ(GPS)の場合は、GPS衛星からの信号をGPS受信機が受信して自分の現在位置を知ります。VICSにおいては渋滞情報を、ラジオ、テレビの場合は放送を受信します。

以上がクルマにおける電磁波の主な発信源です。これらの中で電磁波が最も強いのはキーレスエントリです。

■ クルマにおいて「電磁波が良く制御できている状態」とは、どんな状態か

カーナビ、キーレスエントリ、ETC、
オーディオ、メーターなどクルマには
多くの電装品が搭載されている
― クルマにおいて「電磁波が良く制御できている状態」とは、どんな状態ですか。

クルマにおける電磁波制御においては「ポジティブの実現」と「ネガティブの回避」という二つの側面があります。

まず「ポジティブの実現」の側面から見た場合、「それぞれの電装部品が、設計時に意図した機能、性能を実現できている状態」が良い状態です。オーディオが良い音で鳴り、パワーウインドウがサクサク動き、キーレスエントリが小気味よい音をたててドアを開け閉めするようであれば、それは良い状態です。

ところで電磁波には、空中を自由に飛び交い、隔壁をも乗り越え、空間を満たしていく性質があります。電磁波制御においては、この性質ゆえに生じうるネガティブ要素を回避すること、すなわち「電磁適合性(※)を確保すること」が求められます。

-- 電磁適合性とは何ですか。

電磁適合性(EMC:ElectroMagnetic Compatibility)という概念は、1):他機器との電磁的不干渉性、2):他機器に対する電磁的耐性、3):自機器内での電磁的不干渉性という三つの要素概念から構成されます。

まず「他機器との電磁的不干渉性」とは、「自身が発する電磁波が他の機器の動作を阻害しない(『人に迷惑をかけない』)」ことを指します。次に「他機器に対する電磁的耐性」とは、「他機器から発せられる電磁波により自身の動作が阻害されない(『迷惑なヤツがいても、ガマンして自分のやるべきことをやる』)」ことです。最後の「自機器内での電磁的不干渉性」とは、「自機器を構成する部品同士が電磁的に悪影響を及ぼし合わさない(『身内同士でケンカしない』)」ことを指します。

※ 電磁適合性は、EMC:Electro Magnetic Compatibilityの訳語です。その他、電磁環境適合性、電磁環境両立性とも訳されます。

■ 電磁適合性をイメージするための具体例

― 電磁的適合性について、クルマを例にして、さらに具体的に教えてください。

クルマにおける電磁適合性の確保は、イメージで説明するならば次のようになります。第一の「他機器との電磁的不干渉性」については、たとえば「道路が渋滞してクルマが大量に滞留している時でも、それらクルマ群から発せられる電磁波のせいで、近隣のテレビ映りが悪くなったりしない状態」とでも表現できます。第二の「他機器に対する電磁的耐性」とは、「仮に強力な電波を発する物体、たとえば東京タワーの側を走ったとしても、クルマ内の電装部品が誤作動しないような状態」でしょうか。最後の「自機器内での電磁的不干渉性」とは、例えば「ETCから発せられる電磁波のせいで、速度メーターが誤作動したりしない状態」となるでしょう。

■ クルマにおいて電磁適合性が重視されるようになった経緯

クルマ内部の長大な電気配線

― 機械制御の乗り物であるクルマにおいて、電磁適合性が重視されるようになった経緯を教えてください。

おっしゃるとおり、もともとクルマは、エンジン(内燃機関)やハンドル、ギアなどで動作する機械制御の乗り物です。30年前のクルマにおいては、電装品は、ラジオやカセットぐらいしかなく、電磁適合性はそれほど重視されていませんでした。

しかし、時代と共に、クルマの中にはETC、カーナビなど電装品が増えてきました。窓の開閉も手巻きから、モーター動力のパワーウインドウに変わり、スピードメーターも針が動くアナログ式から電子デジタル表示に変わり、今やエンジン始動さえもスマートキーレスエントリにより電子的に制御できます。

また外部のアクセサリ的な電装品だけでなく、クルマの動作に関わる根幹部分、例えばエンジンの燃料噴射量の調整やブレーキ制御においても、徐々に電子制御(コンピュータ制御)が浸透してきました。今やクルマの内部には数十個ものコンピュータ(CPU)が存在しており、内部の電気配線は、真っ直ぐ伸ばせば全長数キロにも及びます。

このようにクルマの中で「電気仕掛けの部分」が増えていくにつれ、電磁適合性の確保もまた重視されるようになりました。

■ シミュレーションを入念に行い、試作レスを推進する

― 続いて、PAM-CEMへの評価についてお聞きします。最初の質問です。そもそも論として「実研グループにとってのシミュレーションの根本価値」は何ですか。

実研グループにとってのシミュレーションの価値は、大きくは「開発期間の短縮(試作レスの推進)」です。

クルマの開発は、かつては一車種につき約五年かかるのが通例でした。まず設計して、それから試作車を作り、検証し、不具合を洗い出して、もう一度、設計し、試作車を作り…という過程を数回繰り返すと、結局五年かかるわけです。しかし最近のクルマの開発期間は、1年半程度です。この場合、試作は、一回きりで終わらせるのが理想です。

試作を一回で終わる状態は、「試作前の設計段階(出図段階)で、不具合はすべて洗い出され、すべて対処されている」必要があります。この「事前の不具合の洗い出し」を入念なシミュレーションにより実現します。

実施したシミュレーションの結果は、設計部に渡します。そのシミュレーションは、設計部にとっては「設計前の参考資料、目安」および「設計後の、その設計の正しさの検証」という価値があります。

■ PAM-CEMの導入までの経緯

― マツダ電子開発部がPAM-CEMを導入するに至った経緯をお聞かせください。

私たちの部署が、電磁波シミュレーションに本格的に取り組み始めたのは、2002年頃からです。最初は、単一の部品の電界分布を調べただけなので、単純なツールで十分でした。しかし2004年に入って、クルマ全体の電磁場をシミュレートする必要が生じたので、本格的な解析ツールを導入することにしました。

解析方式としては、モーメント方式からFDTD方式へ移行することを決めました。FDTD方式ならば、車体全体を対象とする、計算量の大きいシミュレーションにおいても、正確かつ短時間で計算できたからです。

■ PAM-CEMへの評価

「メッシュが切りやすいのが
助かります!」
― 五年間使い続けてみての、PAM-CEMへの評価をお聞かせください。

PAM-CEMは、次の3点を高く評価しています。

良い点1.FDTD方式による大量計算への短時間対応
この点は、当初の期待通りでした。

良い点2.細かい要求への柔軟な対応力
新しい素材や方式が出て、それへの対応が必要になった時も、こちらが要求を出せば、次バージョンでの対応なり、アドオンの開発なり、何らかの方法で要望が実現されます。要望に対する実現力を感じます。

良い点3.メッシュが切りやすい
PAM-CEMは、マツダで現在使っているCADデータとの相性が良く、オートメッシュ機能を使った場合でも、ほぼ一発で、矛盾やダブリのない「使えるメッシュ」が切れます。自動車のメッシュは数億にも上りますが、それをオートメッシュで「一発で決めてくれる」ので、シミュレーションの工数が削減できます。

■ PAM-CEM使いこなしのコツ

― 5年間使ってみて分かった「PAM-CEMを良く使いこなすためのコツ」を教えてください。

あまり細かい部品の解析まで凝らない方が良いと思います。わたし自身、一度、電界分布だけでなく、複雑な形状のアンテナ特性(受信性能)まで調べようとトライしたことがありますが、そこまでやると、ちょっとハマるなと実感しました。

■ 今後の期待

「これからも良いクルマを
作っていきます!」
― 日本イーエスアイへの今後の期待をお聞かせください。

マツダでは、PAM-CEMの導入により、高い精度の電磁波シミュレーションを実現することができました。この先、クルマの研究開発において、電子制御の重要性はますます高まるでしょう。電子実研グループでは、今後も、工夫と研鑽を重ね、電磁波制御の側面から、より良いクルマづくりに貢献したいとと考えています。日本イーエスアイには、優れたシミュレーション製品と技術サポートを今後も継続提供していただき、マツダ実研部の取り組みをご支援いただくことを希望します。今後ともよろしくお願いします。





マツダ様、本日はお忙しい中、
貴重なお話をありがとうございました。

※ マツダ(株)様のホームページ
※ 取材日時 2010年6月
事例制作の株式会社カスタマワイズが執筆